国公私立大学教員有志から 京都地方裁判所第3民事部部裁判官への要望書

申立却下決定 主文と理由

京都地方裁判所第3民事部

   裁判長裁判官 八 木 良 一
       裁判官 飯 野 里 朗
      裁判官 財 賀 理 行

平成15年(行ク)第5号 執行停止申立事件
(本案・平成15年(行ウ)第16号再任拒否処分取消請求事件)

   決       定

京都市左京区一乗寺中ノ田町64−4
 申立人(原告)    井上一知
 同訴訟代理人弁護士  尾藤廣喜
 同          安保嘉博
 同          安保千秋
 同          神崎 哲
同区吉田本町
 被申立人(被告)   京都大学総長
            長尾 真
 同指定代理人     横田昌紀
 同          亀山 泉
 同          田邊澄子
 同          紀 純一
 同          渡邊正子

        主文

1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は申立人の負担とする。

   理       由
 
第一 当事者の申立て
 一 申立ての趣旨

  被申立人が申立人に対して平成15年4月22日付でした任期満了退職日通知
書に基づき申立人を同月30日限り失職せしめる旨の処分は,同処分の取消を求
める本案訴訟(平成15年(行ウ)第16号)の第一審判決言渡後6か月に至るま
で,その効力を停止する。

 二 被申立人の意見 

   主文第1項と同旨

第二 当事者の主張

 一 申立人の主張
   別紙・執行停止申立書に記載のとおりである。

 二 被申立人の主張
    別紙・被申立人意見書に記載のとおりである。

第三 当裁判所の判断

 一 本件疎明資料によれば,以下の事実が一応認められる。

1 申立人は,京都大学再生医科学研究所(以下「再生研」という。)の教授
の地位にある者である。

2 被申立人は,京都大学総長として,同大学の教員の任命権を有する。

3 申立人は,昭和47年9月30日京都大学医学部を卒業後,アメリカの大学での
研究生活等を経て,昭和59年10月1日京都大学助手大学院医学研究科に任用さ
れ,昭和62年12月1日同大学講師大学院医学研究科,平成7年5月1日同大学助教
授大学院医学研究科に任用された。

4 京都大学においては,大学の教員等の任期に関する法律(以下「任期法」
という。)3条1項に基づき,京都大学教官の任期に関する規程(甲3)を定め,
同規程によれば,再生研の再生医学応用研究部門器官形成応用分野の教授の任
期は5年とし,再任されることは可とされていた。また,再生研の教授の任命
権者は,国家公務員法55条1項,2項,人事に関する権限の委任等に関する規程
(文部科学省訓令第3号)3条1項により,被申立人であつた。

5 京都大学総長は,任期法4条1項1号に基づいて,平成10年4月20日ころ,申
立人から,申立人が作成した「就任に際し大学の教員等の任期に関する法律
(平成9年法律第82号)第4条第1項第1号及び京都大学教官の任期に関する規程
第2条の規定に基づき,任期を平成10年5月1日から平成15年4月30日までとされ
ることに同意します。」との記載のある同意書(乙3)の提出を受けた上,平
成10年5月1日付で申立人に対して本件昇任処分をした。このようにして,申立
人は,平成10年5月1日付の本件昇任処分により,任期を平成15年4月30日まで
(5年)として,同大学教授再生研再生医学応用研究部門器官形成応用分野に
昇任した。

6 申立人は,以後,再生研の教授として勤務し,研究していた。

7 再生研においては,平成14年4月18日,「任期制教官の再任審査に関する申
し合わせ」(甲7,以下「本件申し合わせ」という。)が協議員会決定として
制定され,それによれば,任期制教官は,任期満了の12ケ月前までに書面をもっ
て,所長に再任のための審査を請求でき,その申請者は,該当する任期中の学
術的業績,社会的貫献,及び学内の教育・行政への貢献に関する報告書等を1
ケ月以内に所長に提出すること,再任審査申請が前記の期限までに行われなかっ
た場合,及び再任審査申請後に申請を取り下げた場合,身分は任期の末日をもっ
て終了すること,再任審査については,別に設置する外部評価委員会の意見を
聴取した上で協議員会で可決を決定する,再任の可否決定は,任期満了の6ケ
月前までに行うものとする,などと定められていた。

8 申立人は,再生研の山岡義生所長に対し,平成14年4月23日,書面により,
本件申し合わせによる再任審査を申請した。

9 その後,再生研において,本件申し合わせに代わるものとして,平成14年7
月18日に,「京都大学再生医科学研究所任期制教官の再任審査に関する内規
(甲8,以下「本件内規」という。)が協議員会決定として制定された。本件
内規には,本件申し合わせと概ね同様の内容のほか,所長は,外部評価委員会
による評価結果を再任申請者に開示しなければならないこと,その評価結果の
開示は,再任の可否の審議を行う協議員会の2週間以前に行うものとすること,
再任の可否を決定する協議員会は,協議員の3分の2以上の出席がなければ開会
することができないこと,再任を可とする投票は無記名投票とし,再任を可と
する投票数が投票総数の過半数に達しない場合,再任を認めないこと,再任の
可否決定は,任期満了の6ケ月前までに行うものとすること等が定められてい
た。

10 再生研の山岡所長は,申立人の再任審査をするため,申立人の学術的業績
及び社会的貢献について,外部評価委員会を設置し,同外部評価委員会は,平
成14年9月18日,山岡所長に対し,結論として,申立人の再任を可とすること
に全委員が一致して賛成し,今後の活躍に期待を示したこと等を付記した再任
審査報告をした。

11ところが,その後,山岡所長が開催した同年10月17日の協議員会では, 申立
人の再任の可否については継続審議を行うことになり,更に,同年12月19日に
開催された3回目の協議員会(構成員21名,出席者20名)において採決をとっ
た結果,申立人の再任を可とする投票数が投票総数の過半数に達せず,結局,
協議員会において申立人の再任を認めない決議がされた。

12 山岡所長は,申立人に対し,平成14年12月20日付の「任期制教官の再任審
査結果について」と題する書面により,再任が認められなかった旨を通知した
(以下,この通知を「第1次通知」という。)。

13 申立人は,平成15年3月19日,国及び被申立人を被告として,申立人は平
成15年5月1日以降も京都大学の再生研教授の地位にあるとの確認を求めると共
に,被申立人に対し,第1次通知により再任の拒否処分があったとして,同処
分の取消し,それに,被申立人は平成15年5月1日付で申立人を再生研の教授と
して再任する旨の処分をせよとの裁判を求めて訴訟を提起し,更に,同年4月7
日,国及び被申立人との間で,本件昇任処分に付された「任期は平成15年4月
30日までとする」との附款が無効であることを確認するとの裁判を求める請求
を追加請求した。

14 その後,被申立人は,申立人に対し平成15年4月22日付で「京都大学教官
の任期に関する規定第2条第1項の規定による再任については可となりませんで
したので,貴殿の任期満了退職日は,平成15年4月30日であることを通知しま
す。」と記載した任期満了退職日通知書(甲45)による通知(以下「第2次通
知」という。)を行った。

15 申立人は,更に,平成15年4月23日,第2次通知によって被申立は申立人に
対して再任を拒否して同月30日限りで申立人を失職させる旨の行政処分をした
と主張して,その取消を求める本案訴訟を提起した。

二 申立人の本案訴訟における主張は,第2次通知によって被申立人が申立人
に対して再任を拒否して同月30日限りで申立人を失職させる旨の不利益処分た
る行政処分をしたと主張し,それを前提として,同行政処分の違憲,違法,内
規違反等を主張するものと解さざるを得ない。

三 本件申立てについて検討する。

1 任期法は,この法律は,大学等において多様な知識又は経験を有する教員
等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教
育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ,任期を定めることができ
る場合,その他教員等の任用について,必要な事項を定めることにより,大学
等への多様な人材の受入れを図り,もって,大学等における教育研究の進展に
寄与することを目的とする(1条),国立大学の学長は,その大学の教授や助
教授等の教員について,4条の規定による任期を定めた任用を行う必要がある
と認めるときは,教員の任期に関する規則を定めなければならない(3条1項),
任命権者は,前記の教員の任期に関する規則が定められている大学について,
教育公務員特例法10条の規定に基づきその教員を任用する場合において,次の
各号のいずれかに該当するときは,任期を定めることができる,と規定し(4
粂1項),その1号として,先端的,学際的又は総合的な教育研究であることその
他の当骸教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性にかんがみ, 
多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき,2号とし
て,助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことをその職務の主たる内容
とするものに就けるとき,3号として,大学が定め又は参画する特定の計画に
基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき,と規定し,更に,任命権
者は,任期を定めて教員を任用する場合には,当骸任用される者の同意を得な
ければならない(4条2項)と規定している。

2 前記一の事実関係によれば,申立人は,任期法4条及び京都大学教官の任期
に関する規程の各規定に従って,申立人の同意の下に,京都大学の再生研の任
期制の教授として,平成10年5月1日付けの本件昇任処分により任用されたもの
で,その任期は,平成15年4月30日までの5年間とされていたものであることが
明らかである。そして,任期法2条4号の規定によれば,「任期」とは,国家公
務員としての教員等の任用に際して定められた期間であって,国家公務員であ
る教員等にあっては当該教員等が就いていた職若しくは他の国家公務員の職
(特別職に属する職及び非常勤の職を除く。)に引き続き任用される場合を除
き,「当該期間の満了により退職することとなるものをいう。」と明確に規定
されているから,申立人は,当該期間が満了すれば任命権者の何らの処分や措
置を要せずに当然にその身分を失うものと解さざるを得ない。

3 そうすると,申立人は,平成15年4月30日の経過により,本件昇任処分の任
期の満了によって,当然に再生研の教授の地位を喪失するものであって,任命
権者の何らかの行政処分等によって,この地位の喪失の効果が発生するもので
はない。この関係は,任期法2条4号の前記の明文の規定によっても明らかであ
る。第1次通知は,山岡所長がそのことを申立人に通知しただけであって,第2
次通知は,被申立人が任期満了退職日通知書なる書面によってこれを申立人に
通知しただけであって,いずれも,それ以上の法的な意味はないものといわざ
るを得ない。したがって,第2次通知によって,申立人が主張するような教授
の地位を喪失させる行政処分があったとも,再任を拒否する行政処分があった
とも,いずれも到底いうことができないもので,そのような行政処分があった
ことを前提としてその取消を求める本案訴訟は,不適法といわざるを得ない
(継続任用されなかった任用期間の定めのある自衛官は任期満了により当然に
退職して自衛官としての地位を失うと判断した東京高裁判昭和58年5月26日・
行集34巻5号835頁,東京地判平成1年1月26日・判例時報1307号151頁参照)。

4 なお,申立人は,甲40,41の意見書を援用し,本件昇任処分による任期中
に,少なくとも,申立人は合理的な手続によって再任の可否を判断してもらう
権利を有するというべきであって,恣意的な再任の拒否は,申立人の権利を侵
害するものである,再任用の拒否は,法令に基づく再任申請権の侵害か,又は
学問の自由の恣意的侵害防止の権利を侵害するものとして,教授を失職させる
不利益処分と解することもでき,また,再任申請の拒否処分と解するとしても,
その処分の執行停止の効力として,改めて適法な再任拒否決定がされてから6
ケ月間は失職しないという実体法上の効果が発生すると解釈すべきであるなど
とも主張する。

 確かに,任命権者は,任期制の教員から再任審査の申請があった場合には,
所定の手続に従って公正かつ適正にこれを行わなければならないものというべ
きである。しかし,それは,任命権者や手続に携わる者の職務上の義務であっ
て,再任審査の申請をした者に対する関係での義務とまではいえないというべ
きである。また,法律上は,任期制の任用による教員は,任期満了の後に再任
してもらう権利を有するものではないと解され,いずれにしても,現行法上,
第2次通知により行政処分があったと解することはできないことは前記のとお
りであり,結局,申立人の上記見解は,いずれも採用できない。

5 そうすると,本件申立てもまた不適法といわざるを得ない。

四 結論

 よって,申立人の本件申立ては,執行停止の要件を充たさないもので却下を
免れないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,主
文のとおり決定する。

         平成15年4月30日

京都地方裁判所第3民事部

   裁判長裁判官 八 木 良 一
       裁判官 飯 野 里 朗
      裁判官 財 賀 理 行