大学界有志から 京都地裁民事三部裁判官への要望書
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			   陳述書


京都地方裁判所御中                 

                                 平成16年2月18日

                     井上 一知    

私の母は医者でありましたが、私は母の患者さんを救おうとする強 い熱意と骨身を惜しまない献身的な姿勢に心を打たれて医者になり ました。私の人生の原点はそこにありますし、患者さんのために頑 張ろうという熱意は今も全く同じであります。

私は現在糖尿病に対する新しい再生医療開発研究に取り組んでいま す。糖尿病の患者さんは潜在数も含めると1500万人近くになっ ており、重大な医学的・社会的問題になっています。特に小児に発 症する糖尿病は深刻で、御両親がインスリン注射をしています。中 学生になると自分で、一日4回のインスリン注射ができるようにな りますが、いくらインスリン注射を続けても、失明などの合併症の 進行が防げないという大きな問題があります。この問題を解決でき るのが、私達が取り組んでいる新しい再生医療開発研究です。

私達の治療法は日本から世界へ発信でき、多くの患者さんを救うこ とができる画期的な治療法で、患者さん御本人や御家族から多くの お電話やお手紙をいただいておりますし、多くの患者さんがこの新 しい治療開発を待ち望んでおられます。病気は待ってくれません。

教室や他大学の多くの先生方と一丸となって取り組んできましたこ の治療法も、いよいよ臨床応用の実現が近いところまでやってまい りました。治療開発を待ち望んでおられる多くの患者さんのために も、ここで研究を止めるわけにはいきません。

私はいろいろの圧力や制約を受け、極めて厳しい環境下にあります が、教室の先生方と心を一つにして、研究、研究指導、学会、講演、 執筆、ボランティアー活動などに励んでおります。これはまず何よ りも、新しい治療開発を待ち望んでおられる多くの患者さんのため に研究を継続・発展させ、その臨床応用を実現させるためであり、 さらに、教室の多くの研究員、大学院生、留学生の方々、そして、 私を支援してくださる多くの病院や学会関連の先生方、多方面にわ たる多くの有志の方々のためであります。

さて、今回の事件について、思うところを述べさせていただきます。

私が研究所の教授のポストに応募したときには、任期制ではありま せんでした。採用内定後に突然、任期制に変更されたのですが、こ れは再任可で、普通に仕事をすれば再任されるということで同意い たしました。ところが、同意したまさしく次の日に、同意の内容と は全く正反対の取り決めがおこなわれました。この信義に反する取 り決めを知ったのは、同意してから4年半以上経過した、再任拒否 事件の頃です。

研究所では、外部評価委員会の評価に「基づいて」再任を決めると いう規則があります。平成14年に再任の審査があり、外部評価委 員会が全員一致で私の再任に賛成の結論を出しました。ところが前 所長の画策により再任が拒否されました。外部評価は何のためにあ るのか、外部評価の結論をなぜ覆すことができるのか、普通以上に 仕事をしても、再任が拒否になるというのはまさしく異常な事態で す。

大学当局は、自治の名があれば、各部局が信義に反する行為をして も、それを見過ごしてよいのでしょうか。真理を追究すべき、教育、 研究の場でこういう人の道に反し、信義に反することが平然と行わ れても良いのでしょうか。京都大学では、滝川事件以来大学の自治 が守られてきたはずですが、今回の事件が正しく解決されないと、 大学の自治が完全に崩壊してしまいます。

京都大学ではつい最近、尾池和夫先生が新しい総長になられ、“優 秀な研究者が大学に残っていられる仕組みさえあれば、基礎研究は ちゃんとできる。彼らに不必要な手出しをしないことが京大の伝統 です。”との見識ある発言をしておられます。今回の事件の真相を 解明し、大学の自治を取り戻し,京都大学の名誉を回復するために、 是非、御尽力願いたいと思います。

私は、今月に送られてきた被告からの準備書面を見まして、まさに 自分の目を疑い、何度も読み返しました。“仮に当該同意がなされ るまでの手続きが詐欺的なものであって”という表現がありました。 こういう社会常識をはるかに逸脱し、人の道に反し、信義に反する ことを何の抵抗も無く平気で裁判所宛の書面に記載するという被告 の神経に、大きな衝撃を受けました。尋常ではありません。これは、 社会常識や、一般の方々の気持ち・正常な感覚をないがしろにする 思い上がり以外の何物でもありません。これでは、詐欺的に同意を とっても、一旦同意をとってしまえば、あとは意のままであるとい うことになります。神聖な学問の場で、被告自らが言及しているよ うな詐欺的行為が行われてよいものでしょうか。

実に恥ずかしいことではありますが、京都大学には全く自浄能力が 無く、信義に反する行為が行われても、大学当局はその責任を問い ませんでしたし、大学内には何等の救済手段もなかったのです。被 告はまさに今、任期が切れたら終わりといって門前払いしようとし ております。これは、先進国として世界の模範となるべき法治国家 にあるまじき行為だと思います。

そこで私は、大学に救済の道がない以上、大学の自治と学問の自由 を守るために、そして患者さんのために、社会正義を信じ、法治国 家としての日本を信じて立ち上がり、司法に訴えたのです。

被告の方々、あなた方が御自分の胸に手を当てられて、御自分の本 当の気持ちと御自分の良心に正直になれば、私の陳述に対して、正 当な反論をすることはできないと思います。私には何の曇りも無い からです。これは傍聴席の皆様方や、国民の皆様方にもきっと御理 解いただけるものと確信しております。

私は社会正義というものを信じます。社会正義を実践していかない と、世の中は破滅します。教官の任期制が正しく運用されるために、 大学の自治の崩壊を防ぐために、学問の自由を守るために、社会正 義を守るために、患者さんのために、そして日本の将来のために、 なにとぞ適正な御裁断を賜りますようお願い申し上げます。