大学界有志から 京都地裁民事三部裁判官への要望書
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平成16年3月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成15年(行ウ)第8号 地位確認等請求事件
(口頭弁論終結日・平成16年2月18日)

  判      決

京都市左京区一乗寺中ノ田町64−4
原告         井上 一知
同訴訟代理人弁護士  尾藤 廣喜
同          安保 嘉博
同          安保 千秋
同          神崎 哲

京都市左京区吉田本町
被告       京 都 大 学 総 長
         尾   池   和   夫


東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告       国
同代表者法務大臣 野沢 太三
被告ら指定代理人 横田 昌紀
同        亀山 泉
同        田邊 澄子
同        紀  純一
同        渡邊 正子


      主       文


1 原告の本件訴えのうち,別紙記載の部分をいずれも却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

    事実及び理由

第一 請求

一 選択的請求1

原告と被告らとの間において,原告が平成15年5月1日以降も京都大学再生
医科学研究所教授の地位にあることを確認する。

二 選択的請求2

1 被告京都大学総長が平成14年12月20日付でした原告を京都大学再生
医科学研究所教授として再任しないとの処分を取り消す。

被告京都大学総長は,原告に対し,平成15年5月1日付で発効する原告を京
都大学再生医科学研究所教授として再任する旨の処分をせよ。

三 選択的請求3

原告と被告らとの間において,被告京都大学総長が平成10年5月1日付でし
た原告を京都大学再生医科学研究所教授に昇任させる処分(以下「本件昇任処
分」という。)に付された「任期は平成15年4月30日までとする」との附
款が無効であることを確認する

第二 事案の概要

本件は,平成10年5月1日,被告京都大学総長から,大学の教員等の任期に
関する法律(平成9年6月13日法律第82号,以下「任期法」という。)に
基づいて,平成10年5月1日から平成15年4月30日までの5年の任期で
京都大学再生医科学研究所(以下「再生研」という。)教授として任用された
原告が,被告京都大学総長は平成14年12月20日付の通知(以下「本件通
知」という。)で原告を再生研教授として再任しないとの処分をした,同被告
は,平成15年5月1日付で発効する原告を再生研教授として再任する処分を
する義務を負う,平成10年5月1日付で原告を再生研教授として任用した処
分は5年の任期を定めた附款部分のみが違憲無効であるから,原告は任期のな
い教授として任用されたことになるなどと主張して,被告らとの間で,原告が
平成15年5月1日以降も京都大学再生医科学研究所教授の地位にあるとの確
認を求めると共に(以下「〔1〕請求」という。),被告京都大学総長に対し,
本件通知により再任の拒否処分があったとして,同処分の取消しを(以下
「〔2〕請求」という。),被告京都大学総長は平成15年5月1日付で原告
を再生研の教授として再任する旨の処分をせよとの裁判を(以下,この請求を
「〔3〕請求」という。),更に,被告らとの間で,平成10年5月1日付の
本件昇任処分に付された「任期は平成15年4月30日までとする」との附款
が無効であることを確認するとの裁判を(以下「〔4〕請求」という。),そ
れぞれ求めた事案である。原告は,本件訴訟において,〔1〕請求,〔2〕〔3〕
請求及び〔4〕請求を選択的請求としている。

一 争点

1 原告は平成15年5月1日以降も京都大学再生研教授の地位にあるか。具
体的には,国立大学教員の任期制とはいかなるものか,本件昇任処分の5年の
任期を定めた部分のみが無効であるといえるか。本件昇任処分に際して原告の
同意を得る手続に瑕疵があった場合,任用の効果に影響があるか。本件訴えの
うち,〔1〕請求に理由があるか,〔4〕請求は不適法かどうか。

2 本件通知が,原告を失職させる再任拒否処分(行政処分)に当たるものと
して,その取消しを求めることができるか。被告京都大学総長は,原告を再任
することが義務付けられているか。本件訴えのうち〔2〕〔3〕請求が不適法か
どうか。

二 争点に関する当事者の主張

1 争点1について

(1) 原告の主張

ア 国立大学教員の任期制は,大学教員の身分保障に対する重大な制限であり,
制度の定め方や運用如何によっては,大学教員の身分保障が担保しようとして
いる憲法上の学問の自由を侵害する危険を孕む極めて不合理なものである。し
かるに,任期法自体が運用の手続・ルールを定めず,下位規範にこれを委任し
ているため,各大学において任期制を導入する際には,〔1〕恣意的運用を防
ぎ身分保障の精神を損なわないような適正な手続・ルールを下位規範(規則)
をもって定めなければ,当該大学の任期制度は違憲となり(下位規範の無効),
また,〔2〕身分保障の精神を損なうような恣意的な運用行為が行われた場合,
その行為自体も当然に違憲となる。

イ また,本件昇任処分に際しての原告の同意は,任期制に関する誤った情報
提供と必要な情報の不提供により詐欺的にされたから,任期制に対する同意は
無効である。本件昇任処分に付された附款(任期)は,本件昇任処分の同意を
欠く以上,重大かつ明白な瑕疵があり,無効である。そして,任期という附款
は,本件昇任処分にとって何ら重要な要素ではないから,本件昇任処分は,5
年の任期を定めた附款部分のみが違憲であり,無効である。

ウ したがって,原告は,任期のない教授として本件昇任処分により任用され
たことになり,平成15年5月1日以降も当然に京都大学再生研教授の地位に
とどまると解すべきである。

(2) 被告らの主張

ア 任期法2条4号の規定によれば,「任期」とは,国家公務員としての教員
等の任用に際して定められた期間であって,当該期間が満了すればその任期付
で任用された公務員は当然にその身分を失う。原告は,平成10年5月1日付
の本件昇任処分により,任期を平成15年4月30日まで(5年)として京都
大学再生研教授に昇任し,前記任期の満了により当然に退職した。そして,原
告は,被告京都大学総長から,京都大学再生研教授に再び任命されていないか
ら,その地位にないことは明らかである。

イ 行政行為の附款が行政行為の重要な要素である場合には,行政行為全体の
無効をきたし,行政行為から附款のみを切り離して,その附款のみが無効で,
その行政行為が附款のない行政行為として効力を有することにはならない。任
期制教員の任用において,任期は不可欠のものであり,極めて重要な本質的要
素である。したがって,本件昇任処分の5年の任期を定めた附款部分は,本件
昇任処分の本質的かつ重要な要素であって,本件昇任処分の効力と切り離して
上記附款部分のみが無効となることはない。

ウ なお,任期法4条2項は,任期付任用の場合には任用される者の同意が必
要であると規定しているから,仮に当該同意がされるまでの手続が詐欺的なも
のであって,同意が本人の真意によるものではなかった場合には,附款(任期)
の有効性を論ずるまでもなく,本件昇任処分自体が無効となるはずであり,そ
もそも原告は当初から京都大学再生研教授の地位になかったことになる。

本件訴えのうち,〔1〕請求は理由がないことが明らかであり,本件昇任処分
のうちのその任期の部分を切り離して無効であることを確認することはできな
いから,〔4〕請求は不適法である。

2 争点2について

(1) 原告の主張

本件通知は,被告京都大学総長による原告を失職させる再任拒否処分であって,
行政処分に当たり,違法であるから,取り消されるべきである。仮にそのよう
な前提をとらないとしても,少なくとも,被告京都大学総長は,本件昇任処分
による任期満了の後に原告を再任することが義務付けられているというべきで
ある。

(2) 被告らの主張

ア 本件通知は,協議員会議長である山岡所長がしたもので,任命権者である
被告京都大学総長がしたものではない。のみならず,本件通知は,山岡所長が
原告に対し,平成14年12月19日開催の協議員会の審査結果を通知したも
のにすぎず,原告を再任しないという法的効果を発生させるものではない。原
告は,平成15年4月30日の任期満了により,当然に退職しその身分を失っ
たのであり,本件通知によりその身分喪失の効果が発生したわけではない。

イ 再生研任期制教員の再任について,被告京都大学総長は,協議員会の決定
に拘束されるから,協議員会が再任を可とした場合には再任申請者を任命し,
協議員会が再任を可としなかった場合には,その決定に反して再任申請者を任
命(再任)することはできない。そして,協議員会において原告の再任が可と
されていない本件では,被告京都大学総長において,原告を京都大学再生研教
授に再任すべきことが法律上二義を許さないほどに特定し,かつ,同被告の第
1次判断権を重視する必要がないほどに明白であるとは到底いえない。

ウ 本件通知は処分性がなく,被告京都大学総長は,原告を再任する義務はな
く,むしろ,協議員会の決議に拘束されて再任することはできないのであるか
ら、原告の〔2〕〔3〕請求は,いずれも不適法である。

第三 当裁判所の判断

一 争いのない事実,甲1ないし60(枝番を含む。),乙1ないし4,原告
本人尋問の結果,及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり認められる。

1 原告は,昭和47年9月30日京都大学医学部を卒業後,京都大学医学部
附属病院外科研修医等を経て,昭和53年4月1日同大学大学院医学研究科博
士課程に入学し,昭和59年1月23日同大学院医学研究科博士課程を修了し
た。その間,アメリカの大学での研究生活等を経た。原告は,更に,昭和59
年10月1日京都大学助手大学院医学研究科に任用され,昭和62年12月1
日同大学講師大学院医学研究科,平成7年5月1日同大学助教授大学院医学研
究科に任用され,腫瘍外科学講座の助教授として勤務していた。

2 京都大学においては,任期法3条1項に基づき,平成10年4月9日,同
項所定の「教員の任期に関する規則」である「京都大学教官の任期に関する規
程」(甲3,以下「本件規程」という。)を定め,これを公表した。

本件規程によれば,任期制による任用の対象となる職の1つとして,再生研の
再生医学応用研究部門の器官形成応用分野の教授,助教授,講師,助手があり,
その任期は5年で,再任されることが可とされていた。

3 また,再生研の教授の任命権者は,国家公務員法55条1項,2項,人事
に関する権限の委任等に関する規程(平成13年1月6日文部科学省訓令第3
号)3条1項により,被告京都大学総長であった。

4 原告は,平成10年1月中旬ころ,京都大学再生医科学研究所設置準備委
員会委員長が同月14日付の「京都大学再生医科学研究所教官公募」と題する
書面(甲6,以下「本件公募要項」という。)で,「臨床応用可能な代謝系人
工臓器作成をめざす研究」を職務内容とする教授1名を公募していることを知
り,これに応募することにし,同委員長宛に,履歴書,研究業績目録,主な論
文別刷等の資料を添えて応募書類を提出した。本件公募要項には,上記再生研
教授の職が5年の任期制であることはどこにも明記されていなかった。

5 原告は,上記公募後,面接審査を経て,平成10年3月ころ,再生研教授
に任用するとの内示を受けた。原告は,平成10年4月20日ころ,再生研の
松本事務長から,昇任に必要な書類であるとして見本の用紙を示され,「急ぐ
ので,この書面のとおりに書いて下さい。大至急お願いします。」と言われた
ため,言われるままに,自ら,「私は,京都大学再生医科学研究所再生医学応
用研究部門器官形成応用分野教授に就任に際し大学の教員等の任期に関する法
律(平成9年法律第82号)第4条第1項第1号及び京都大学教官の任期に関
する規程第2条の規定に基づき,任期を平成10年5月1日から平成15年4
月30日までとされることに同意します。」と記載して平成10年4月20日
付の同意書(乙1)を作成し,これを松本事務長に提出した。

原告は,前記同意書を作成したころまでに,松本事務長から,京都大学ではい
くつかの部門で教官の任期制が導入されることになり,原告の採用が内定した
教授職も任期制であること,再生研全体で教授あるいは助教授にも幅広く任期
制を導入しようという動きがあること,「原告のポストは5年任期ではありま
すが,再任可とされております。普通にまともに仕事をすれば,定年まで引き
続いて何回でも再任されます。」などと説明された。原告は,自分は再任され
るものと考えて前記同意書を作成した。原告は,松本事務長から,任期満了後
は任用が終了するとか,再任手続は新たな任用手続になるなどの説明は受けな
かった。

6 被告京都大学総長は,任期法3条1項1号に基づいて,平成10年4月2
0日ころ,原告から,前記同意書の提出を受けた上,平成10年5月1日付で
原告に対し,原告を京都大学再生医科学研究所教授に昇任させる本件昇任処分
をした。原告へ交付された人事異動通知書(甲1)には,「教育職(一)5級
(京都大学教授再生医科学研究所再生医学応用研究部門器官形成応用分野)に
昇任させる」「12号俸を給する」「任期は平成15年4月30日までとする」
と明記されていた。

このようにして,原告は,本件昇任処分により,任期を平成15年4月30日
まで(5年)として,同大学教授再生研再生医学応用研究部門器官形成応用分
野に昇任した。

7 原告は,以後,再生研の教授として勤務し,膵臓をはじめとする主に消化
器外科に関する研究と再生医療全般に関する研究をした。学問的業績としては,
ES細胞よりインスリンを分泌する膵島細胞を分化誘導し,マウスに移植,血
糖値を下げることを証明したこと,血管新生誘導を腹腔内や皮下膵島移植に導
入したこと,新しく開発したカプセルを用いて,カプセル型ブタ膵島細胞の皮
下移植を研究したこと等があった。

また,原告は,倫理委員会設立へ貢献したり,医学研究科運営委員,教育課程
委員会委員としても,教育上又は運営上数々の貢献をした。原告は,更に,学
会や研究会の役職を務め,盛んに活動し,特に,日本再生医療学会を設立し,
その第1回学術総会が2000名近い研究者が集まって開催された際,会長と
してその総会を主催した。

原告は,最近では,特に,糖尿病に対する新しい再生医療開発研究に力を注ぎ,
平成14年6月に開催された日本医学会100周年記念シンポジウムでは,外
科の分野では原告1人が選ばれて,「21世紀の再生医療−現状と展望」とい
うテーマで講演をした。

原告の再生医療の研究結果は,平成10年以降,読売新聞において「糖尿病移
植治療に意欲」(平成10年6月27日・夕刊),同新聞において「糖尿病に
新カプセル療法一膵島細胞を皮下移植」(平成11年1月22日),京都新聞
において「世界初,膵島細胞が働いた糖尿病治療 将来へ光」(平成14年1
月31日),朝日新聞において「ES細胞使い糖尿病を治療」(同日),東京
新聞において「血糖値の制御に成功 糖尿病治療へ一歩」(同年2月12月),
同新聞において「カギを握る2細胞」(同年4月27日)などと日刊新聞に頻
繁に取り上げられ,掲載された。

8 再生研において,平成14年4月18日,「任期制教官の再任審査に関す
る申し合わせ」(甲7,以下「本件申し合わせ」という。)が協議員会決定と
して制定された。それによれば,任期制教官は,任期満了の12か月前までに
書面をもって,所長に再任のための審査を請求することができ,その申請者は,
該当する任期中の学術的業績,社会的貢献,及び学内の教育・行政への貢献に
関する報告書,それらの評価に必要な資料,再任後の研究計画書を申請後1か
月以内に所長に提出すること,再任審査申請が前記の期限までに行われなかっ
た場合,及び再任審査申請後に申請を取り下げた場合,身分は任期の末日をもっ
て終了すること,再任審査については,別に設置する外部評価委員会の意見を
聴取した上で協議員会で可否を決定すること,所長は,申請者の学術的業績及
び社会的貢献について,外部評価委員会を設置し,これに評価を委嘱すること,
再任の可否決定は,任期満了の6か月前までに行うものとすること,などが定
められた。

9 原告は,平成15年5月1日以降も再任されることを希望し,再生研の当
時の山岡義生所長(以下「山岡所長」という。)に対し,平成14年4月23
日付の書面により,本件申し合わせによる再任審査を申請した。

10 その後,再生研において,本件申し合わせに代わるものとして,平成1
4年7月18日に,「京都大学再生医科学研究所任期制教官の再任審査に関す
る内規」(甲8,以下「本件内規」という。)が協議員会決定として制定され
た。

本件内規には,本件申し合わせと概ね同様の内容のほか,所長は,外部評価委
員会による評価結果を再任申請者に開示しなければならないこと,その評価結
果の開示は,再任の可否の審議を行う協議員会の2週間以前に行うものとする
こと,再任の可否を決定する協議員会は,協議員の3分の2以上の出席がなけ
れば開会することができないこと,再任を可とする投票は無記名投票とし,再
任を可とする投票数が投票総数の過半数に達しない場合,再任を認めないこと
等が定められ,再任の可否決定の時期については,本件申し合わせでは,任期
満了の6か月前までに行うものとすることとだけ定められていたのが,それに
「ただし,特別の事情により再任の可否決定を行うことが困難なときは,再任
申請者の同意を得てこの期日を変更することができる。」との部分が追加され
た(13条)。

11 再生研の山岡所長は,原告の再任審査をするため,原告の任期中の学術
的業績,社会的貢献及び学内の教育・行政への貢献について,外部評価委員会
を設置した。同外部評価委員会は,審査委員長が吉田修奈良県立医科大学学長
で,同副委員長が宮崎純一大阪大学大学院医学系研究科教授であり,他に委員
として出月康夫東京大学名誉教授,藤堂省北海道大学大学院医学研究科教授,
本庶佑京都大学大学院医学研究科教授,春日雅人神戸大学大学院医学系研究科
教授,上田実名古屋大学大学院医学研究科教授で構成されていた。

12 同外部評価委員会は,平成14年9月18日付で,山岡所長に対し,原
告の再任審査結果を報告書(甲11,以下「本件報告書」という。)として提
出した。

本件報告書は,原告の再生研教授としての学問的業績として,ES細胞よりイ
ンスリンを分泌する膵島細胞を分化誘導し,マウスに移植,血糖値を下げるこ
とを証明したこと等を個々的に指摘し,今後の研究の成果が期待されるとか,
意義深い研究といえるなどの個別評価を加えた上で,「井上教授らの研究範囲
は包括的であり,膵島移植の臨床応用に結びつく総合的な研究といえる。した
がって上記以外にも多くの研究があるが,これらの業績に対し一定の評価はで
きるものの,きわめて独創性が高いとは言えない。国際的レベルでみると,論
文の量,質ともに平均的(average)というべきであろう。」としている。ま
た,学内の教育・行政への原告の貢献としては,「研究所内の倫理委員会設立
への貢献,医学研究科運営委員,教育課程委員会委員としての教育的また運営
上数々の貢献が見られる。」とし,社会的貢献については,多くの学会や研究
会の役職をつとめるなどしたが,「特筆すべきは日本再生医療学会を設立し,
その第一回学術総会を会長として京都で主催したことである。初回であるにも
かかわらず,2000名に近い研究者が集まり大変有意義で,本邦の再生医療
研究の発展に大きく貢献したといえる。社会に再生医療を啓蒙,認識させた業
務は極めて高く評価されるべきであろう。」とした。

更に,本件報告書は,原告が提出した再任後の研究計画に関して,「〔1〕膵
島細胞源としてはES細胞からの分化誘導,ブタ膵島,ヒト膵島など考えられ
るが,いずれにしても,5年以内に臨床応用にまでもっていって欲しい。しか
し,現時点では臨床応用にあたっての具体案が出来ていないように考えられる。
倫理委員会での検討,適応患者,移植後の管理等々の対策はどのようになって
いるか。京都大学の臨床研究部門,例えば病態代謝栄養学,移植免疫学などと
の協力体制,移植後の管理体制,さらには京都大学医学部附属病院で計画され
ている分子細胞治療センターとの協力体制はどうなっているか。また大学など
の壁を越えたチームワークを作ることが必要であると考えられるが,この点ど
のような状況か。〔2〕ES細胞からの膵島細胞誘導にさらに基礎的,独創的
な研究を期待する。これまでにES細胞よりインスリンを分泌する膵島細胞を
分化誘導してマウスに移植し,短期間ではあるが血糖値を下げることを証明し
た研究は高く評価されるべきである。しかし,この研究はまだ論文になってお
らず,新聞などの報道が先行しているのは望ましくない。」「〔3〕産学連携
についてどのような状況か。某社との協議が進んでいるとのことであるが,具
体的に何を,どうする予定か。」などの質問や希望が寄せられたとした。

そして,本件報告書は,結論として,「京都大学再生医科学研究所任期制教官
井上一知教授の再任を可とすることに全委員が一致して賛成し,今後の活躍に
期待をしめした。なお当該研究所の任用に当たっての期待や目標が明確に提示
されていないので総合的判断は不可能であり,本答申は国内での一般的な5年
任期のポストとしての適否を,与えられた資料と当落者からの意見聴取に基づ
いて検討した結果の報告であることを付記する。」とした。


13 ところが,その後,再生研の山岡所長が開催した平成14年10月17
日の協議員会では,外部評価委員会の本件報告書の結論がそのまま受け入れら
れず,原告の再任の可否について継続審議を行うことになった。再生研の協議
員会は,京都大学再生医科学研究所協議員会規程に基づき,再生研の所長,再
生研の教授の外,それ以外の京都大学の教授のうちから協議員会の議を経て所
長の委嘱した者若干名で構成することになっており,再生研の所長がそれを招
集し,議長となることとされていた。同日の協議員会は,当時の再生研の山岡
所長が開催したもので,その議事録案によると,「審議の結果,継続審議とす
ることとし,申請者に協議員会への出席を要請し,再任審査に関する内規第1
2条により,質問書に答える形で必要な情報の提供を求めることとなった。質
問事項は協議員会での審議内容をふまえて議長が整理し,協議員に意見を伺っ
た後申請者に送ることとなった。」とある。そして,次の協議員会の開催日に
ついては,本件内規13条ただし書きによることが山岡所長から原告に打診さ
れることになり,原告は,平成14年10月18日,これに同意した。

14 平成14年11月12日,再生研の協議員会が山岡所長によって開催さ
れ,原告の再任の可否について協議された。まず,山岡所長が取りまとめた質
問書について,出席した原告から配付資料による説明があり,質疑応答があっ
た。その後,原告が退出した後,更に議論が交わされた。結局,この協議会に
おいても,可否の投票は行われず,再度継続審議とすることにされ,今後の対
応について議長である山岡所長に一任することとなった。

15 更に,同年12月19日,原告の再任を審議する3回目の協議員会(出
席者20名)が開催され,そこで,原告の再任の可否について無記名投票が行
われた。その結果,途中退席者を除く投票総数17票中,再任を可とする票1
票で,原告の再任を可とする投票数が投票総数の過半数に達せず,結局,協議
員会において原告の再任を認めない決議がされた。なお,当時の再生研の協議
員の構成員は21名であった。

16 山岡所長は,原告に対し,平成14年12月20日付の「任期制教官の
再任審査結果について」と題する書面(甲25)により,同月19日開催の協
議員会において原告の再任を審査したところ,再任が認められない審査結果と
なった旨の本件通知をした。その後,被告京都大学総長は,平成15年3月6
日付書面により,原告を再任しない旨を通知し,重ねて,同年4月22日付で,
同月30日をもって任期満了する旨を通知した。

         
二 争点1について

1 任期法は,大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問
的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性
化にとって重要であることにかんがみ,任期を定めることができる場合,その
他教員等の任用について,必要な事項を定めることにより,大学等への多様な
人材の受入れを図り,もって,大学等における教育研究の進展に寄与すること
を目的として(1条),平成9年に成立した法律である。

任期法によれば,国立大学の学長は,教育公務員特例法2条4項に規定する評
議会(評議会を置かない大学にあっては,教授会)の議に基づき,その大学の
教授や助教授等の教員について,任期を定めた任用を行う必要があると認める
ときは,教員の任期に関する規則を定めなければならないものとされ(3条1
項),任命権者は,前記の教員の任期に関する規則が定められている大学につ
いて,教育公務員特例法10条の規定に基づきその教員を任用する場合におい
て,次の各号のいずれかに該当するときは,任期を定めることができる,と規
定され(4条1項),その1号として,「先端的,学際的又は総合的な教育研
究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の
特性にかんがみ,多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就け
るとき」,2号として,「助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことを
その職務の主たる内容とするものに就けるとき」,3号として,「大学が定め
又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けると
き」,と規定されている。また,任命権者は,任期を定めて教員を任用する場
合には,当該任用される者の同意を得なければならないと規定されている(4
条2項)。そして,任期法にいう任期とは,国家公務員としての教員等の任用
に際して定められた期間であって,国家公務員である教員等にあっては当該教
員等が就いていた職若しくは他の国家公務員の職に引き続き任用される場合を
除き,当該期間の満了により退職することとなるものをいうと規定されている
(2条4号)。

2 任期法の制定に当たって,衆参両議院において,「政府は,学問の自由及
び大学の自治の制度的な保障が大学における教育研究の進展の基盤であること
にかんがみ,この法律の実施に当たっては,次の事項について,特段の配慮を
すべきである。」とし,衆議院にあっては,「一.任期制の導入によって,学
問の自由及び大学の自治の尊重を担保している教員の身分保障の精神が損なわ
れることがないよう充分配慮するとともに,いやしくも大学に対して,任期制
の導入を当該大学の教育研究条件の整備支援の条件とする等の誘導等を行わな
いこと。」「二.任期制の適用の対象や範囲,再任審査等において,その準用
が恣意的にならないよう,本法の趣旨に沿った制度の適正な運用が確保される
よう努めること。」「三.任期制を導入するに際して,教員の業績評価が適切
に行われることとなるよう評価システム等について検討を行うとともに,特に,
中長期的な教育研究活動が損なわれることがないよう,大学の理解を深めるよ
う努めること。」その他の事項が挙げられた附帯決議が,参議院においても,
前記の3事項とほぼ同趣旨の事項とその他の事項が挙げられた附帯決議がされ
ぞれされた。

3 憲法は,その23条で,「学問の自由は,これを保障する。」と規定して
おり,そのために,大学の教官,研究者に大学の自治が認められる。そして,
大学の自治の具体的な内容として,大学の教授その他の研究者の選任は,大学
の自主的判断に基づいでされなければならないことが挙げられる。しかし,憲
法の規定やその趣旨からも,個々の大学の教官・研究者の選任を,任期法の前
記各規定に従って,その自由意思に基づいて一定の任期付で任用することが禁
止されているとまで解することはできない。任期法に規定する任期制度自体が
憲法23条に違反するものでないことは明らかである。

4 前記一の事実関係と前記の任期法の各規定によれば,原告は,任期法4条
及び京都大学教官の任期に関する規程の各規定に従って,その同意の下に,京
都大学の再生研の任期制の教授として,平成10年5月1日付の本件昇任処分
により任用されたもので,原告は,被告京都大学総長から,再生研教授に再び
任用されていないから,平成15年4月30日で任期満了により退職したもの
で,同年5月1日以降は,再生研教授の地位にないものといわざるを得ない。

5 原告は,本件昇任処分に際しての原告の同意は,任期制に関する誤った情
報提供と必要な情報の不提供により詐欺的になされたもので無効であるなどと
主張する。

確かに,前記一の認定事実によれば,本件公募要項には,再生研教授の職が5
年の任期制であることは一切明記されていなかったのであり,原告本人尋問の
結果によれば,原告の採用内定がされるまでの間にこの公募が任期付の教授の
公募であることが原告に明確に示されたり,何らかの説明がされていたことは
なかったものと認められる。これらの事実によれば,教授を公募する再生研と
しては,それが任期法による任期付の教授の公募であるのか,任期のない教授
の公募であるのかの区別,任期付の教授の公募の場合は,その任期が満了すれ
ば,法律上は当然に退職するのであり,再任されることがあり得るとなってい
ても,法律上は,任命権者側に対して再任を求める権利はないことを,公募要
領に明記するなどして十分に説明するのが望ましかったことは確かである。ま
た,前記一の認定事実によれば,平成10年4月20日ころまでにされた松本
事務長の説明も,5年の任期付の任用であることは明確にしているものの,再
任が繰り返されることが当然であるかのような誤解を与えかねないもので,む
しろ,任期法による任期制度が新しい制度であることからも,任期満了の場合
には,法律上は再任される保障は一切ないことを明確に説明するのが望ましかっ
たものというべきである。

しかしながら,前記一の認定事実によれば,原告は,任期法の規定に基づき,
任期を平成10年5月1日から平成15年4月30日までとされることに同意
しますと明確に記載した同意書を自ら作成して提出した上で,本件昇任処分を
受けたことが明らかであって,前記のような事実があるからといって,任期法
に基づいて,任期を5年としてされた本件昇任処分の法律上の効果が何ら左右
されるものではないというべきである。前記認定事実のとおり原告は,自分は
再任されるものと考えて,前記同意書を作成したものではあったが,それは,
再任されることを期待していたのにすぎないといわざるを得ない。

本件昇任処分は,任期法に基づく5年の任期付の任用として法律上効力がある
ものというべきである。

6 次に,期限等の行政処分の附款については,その附款が行政処分の重要な
要素である場合においては,その附款に重大かつ明白な瑕疵があることにより
行政処分自体が無効になる場合があるとしても,その行政処分と切り離して,
その附款のみを対象とする無効確認訴訟を提起することはできないというべき
である。

そして,任期法に基づく任期付の任用は,任期法の各規定や任期法の趣旨に照
らしても,任期付でない任用処分とは根本的に法的性質を異にするものであっ
て,任期付任用の任期の定めは,任用行為に不可欠のもので,任用行為自体の
極めて重要な本質的要素であるというべきである。本件規程の各規定も,京都
大学における任期制の教員の任用される職の研究教育組織,再任の可否等につ
いて明確に定めており,また,任期のない任用と任期のある任用とが明確に区
別されている。

したがって,本件昇任処分の任期の定めは,本件昇任処分の本質的な要素であっ
て,本件昇任処分の効力と切り離して任期の定めのみの無効確認訴訟を提起す
ることはできないものと解される。

そうすると,〔4〕請求は,不適法といわざるを得ない。

7 そして,前記一の認定事実の下では,原告は,本件昇任処分の任期満了後
も,引き続き再生研の教授であることを希望し,再任の申請をし,外部評価委
員会は全員一致で原告の再任を可としてその旨の本件報告書を提出したにもか
かわらず,再生研の所長及び教授らで構成される再生研の協議員会は,2回の
継続審議を経た上,結局,原告の再任を認めない決議がされたものであって,
任期法3条1項,本件規程,京都大学再生医科学研究所規程,京都大学再生医
科学研究所協議員会規程,本件内規によれば,再生研の任期制教員の再任の可
否については,協議員会が決定し,任命権者である被告京都大学総長は,この
協議員会の決定に拘束されると解されるから,同被告は,原告の再任を認めな
かった協議員会の決定に拘束され,同決定に反して,原告を再任することはで
きないというべきである。

原告は,平成15年5月1日以降,再生研の教授に再任されなかったものとい
わざるを得ないから,〔1〕請求は,理由がないことに帰する。

三 争点2について

1 前記一の判断のとおり,原告は,平成15年4月30日の経過により,本
件昇任処分の任期の満了によって,当然に再生研の教授の地位を喪失するもの
であって,任命権者の何らかの行政処分等によって,この地位の喪失の効果が
発生するものではない。この関係は,任期法2条4号の前記の明文の規定によっ
ても明らかである。本件通知は,山岡所長がそのことを原告に通知しただけで
あって,それ以上の法的な意味はないものといわざるを得ない。したがって,
本件通知によって,原告が主張するような教授の地位を喪失させる行政処分が
あったとも,再任を拒否する行政処分があったとも,いずれも到底いうことが
できないもので,そのような行政処分があったことを前提としてその取消しを
求める〔2〕請求も,結局,不適法といわざるを得ない。

2 また,原告が,被告京都大学総長に対して,原告を再任する旨の処分をせ
よとの裁判を求める〔3〕請求は,義務付け訴訟と解されるが,前記判示のと
おり,再生研の協議員会が原告の再任を認めないとの決定をした以上,任命権
者である被告京都大学総長はこれに法律上拘束されて原告を再任することはで
きないものと解すべきであるから,義務付け訴訟の他の要件を検討するまでも
なく,〔3〕請求は不適法というべきである。

四 なお,原告は,争点1の原告の主張アの主張をするとともに,甲40,4
1,57の1ないし3の各意見書を援用し,本件昇任処分による任期中に,原
告は合理的な手続によって再任の可否を判断してもらう権利を有するというべ
きであって,恣意的な再任の拒否は,原告の権利を侵害するものである,再任
用の拒否は,法令に基づく再任申請権の侵害か,又は学問の自由の恣意的侵害
防止の権利を侵害するものとして,教授を失職させる不利益処分と解すること
もできるなどとも主張する。

確かに,任期法に基づく任期制は新しい制度であり,原告に対する本件昇任処
分の際の任期制の説明は不十分なものであったといわざるを得ない上に,原告
の再任の可否については,前記認定事実によれば,外部評価委員会の構成員が
全員一致して再任を可とする本件報告書を提出しているのに,再生研の所長や
教授らで構成する協議員会は結局これを全面的に覆して再任を認めない旨を決
定したもので,このような極めて異例ともいえる経緯に至ったことについては,
原告は予想外のことであったと考えられる。また,憲法23条が保障する学問
の自由を確保する趣旨で,国公立大学の教授の選考は,教授会の議に基づき,
学長が行うものとされ(教育公務員特例法4条5項参照),再生研の任期制の
教授の再任も,前記のとおり,教授会に相当する協議員会が決定することとさ
れているのであり,仮に,原告の再任を可としない旨の協議員会の決定が恣意
的に行われたのであれば,それは学問の自由や大学の自治の趣旨を大学内の協
議員会自らが没却させる行為にもなりかねないものというべきである。協議員
会は,任期制の教員から再任審査の申請があった場合には,所定の手続に従っ
て公正かつ適正にこれを行わなければならないのは当然のことというべきであ
り,任期法の制定に当たって衆参両議院でされた附帯決議も,その運用が適正
にされることを求めていることは明らかである。

しかしながら,原告は,前記判示のとおり,任期制であることを承知する旨の
同意をした上で本件昇任処分を受けたのであり,協議員会の前記のような職務
も,任命権者や手続に携わる者の職務上の義務であって,再任審査の申請をし
た者に対する関係での義務とまではいえないというべきである。そして,法律
上は,任期制の任用による教員は,任期満了の後に再任してもらう権利までは,
これを有するものではないと解され,原告が再任されなかったことが,憲法上
又は法律上,原告個人の何らかの権利を侵害するものとして,これを抗告訴訟
の対象になると解することは,現行法上は困難といわざるを得ない。原告の上
記見解は,いずれも採用することはできない。

五 結論

以上によれば,原告の本件訴えのうち,請求〔2〕〔3〕〔4〕はいずれも不適
法であるからこれを却下し,請求〔1〕の部分は,理由がないからこれを棄却
することとし,訴訟費用の負担について行訴法7条,民訴法61条を適用して,
主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官 八木良一
裁判官 飯野里朗
裁判官 財賀理行

(別紙)
一 被告京都大学総長に対し,以下の裁判を求める部分

1 被告京都大学総長が平成14年12月20日付でした原告を京都大学再生
医科学研究所教授として再任しないとの処分を取り消す。

2 被告京都大学総長は,原告に対し,平成15年5月1日付で発効する原告
を京都大学再生医科学研究所教授として再任する旨の処分をせよ。

二 被告らに対し,以下の裁判を求める部分

3 原告と被告らとの間において,被告京都大学総長が平成10年5月1日付
でした原告を京都大学再生医科学研究所教授に昇任させる処分に付された「任
期は平成15年4月30日までとする」との附款が無効であることを確認する。

〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕は、機種依存文字を修正したもの。