国公私立大学教員有志から 京都地裁民事三部裁判官への要望書
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再任基準と救済などを求めた韓国の違憲判決

神戸大学教授

阿部泰隆

yasutaka@law.email.ne.jp

韓国では、副教授以下の大学教員に任期制が導入されている。そこで、失職扱 いにされた教員が裁判所に救済を求めている。これについて、憲法裁判所(2 003年2月27日、2000憲パ26全員裁判部)はついに違憲判決を出し た。再任拒否事由が示されず救済手段もないことを違憲としたものである。そ の決定の要旨は次の点にある。

 ア. 教育は個人の潜在的な能力を開発せしめることによって個人が各生活 領域において個性を伸張できるようにし、国民に民主市民の資質を育ませるこ とによって民主主義が円滑に機能するための政治文化の基盤を造成するだけで なく、学問研究等の伝授の場となることによってわが憲法が指向している文化 国家を実現するための基本的手段となっている。教育・・・のような重要な機 能に照らし、わが憲法第31条6項は、学校教育および生涯教育を含めた教育 制度とその運営、教育財政および教員の地位に関する基本的事項を法律で定め るとする教員地位法定主義を採っている。したがって、立法者が法律で定める べき教員の地位の基本的事項には教員の身分が不当に剥奪されないようにすべ き最少限の保護義務に関する事項が含まれるのである。

イ. (1)この事件法律条項(大学教育機関の教員は当該学校法人の定款が 定めるところにより期間を定め任用することができると規定した旧私立学校法 第53条の2第3項)は、任用期間が満了する教員を特別な欠陥がない限り再 任用すべきか否かおよび再任用対象から排除する基準や要件およびその事由の 事前通知手続に関して何ら指針を設けていないだけでなく、不当な再任用拒否 の救済についての手続に関しても何ら規定を設けていない。それ故この事件法 律事項は、停年までの身分保障による大学教員の無事安逸を打破し研究の雰囲 気を高揚するとともに大学教育の質も向上させるという期間任用制本来の立法 目的から外れ、私学財団に批判的な教員を排除したりその他任免権者個人の主 観的目的のため悪用される危険性がかなり存在する。第1に、再任用いかんに 関する決定は人事に関する重要事項であるため教員人事委員会の審議を受ける べきであるが、その審議を経なかったり形式的な手続だけを経たりする場合が 多く、はなはだしくは教育人事委員会においては再任用同意があったにもかか わわらず特別な理由もなしに最終任免権者によって再任用が拒否されもした。 第2に、この事件法律事項が再任用の拒否事由および救済手続について何ら言 及していないため、私立大学の定款が教員の研究業績、教授能力のような比較 的客観的な基準を再任用拒否として定めず恣意的に介入できる漠然とした基準 によって再任用を拒否する場合には被害教員を実質的に救済できる対策がない。 第3に、絶対的で統制されない自由裁量は濫用を呼び寄せるということは人類 歴史の経験であるという点でみるとき、恣意的な再任用拒否から大学教員を保 護することができるように救済手段を備えることは、国家の最小限の保護義務 に該当する。すなわち、任免権者が大学教員をなぜ再任用しようとしないのか という理由を明らかにし、その理由について当該教員が解明すべき機会を与え ることは適正手続の最小限の要請である。第4に、再任用審査の過程における 任免権者による恣意的な評価を排除するため客観的な基準で定められた再任用 拒否事由と、再任用から除外されることになった教員に自己の立場を陳述し評 価結果に異議を提出できる機会を与えることは、任免権者にとって過度な負担 にはならず、ひいては再任用が拒否される場合にこの違法いかんを争うことで きる救済手段を設けることは、大学教員に対する期間任用制を通じて追求しよ うとする立法目的を達成するにあたっても何ら障害にならないというべきであ る。

(2) 以上見たように、客観的な基準で定められた再任用拒否事由と再任用 から除外された教員が自己の立場を陳述できる機会、そして再任用拒否を事前 に通知する規定等がなく、ひいては再任用が拒否された場合、事後にそれに対 して争うことができる制度的装置を全然設けていないこの事件法律条項 は、・・・大学教員の身分の不当な剥奪に対する最小限の保護要請に照らして みるとき、前記の教員地位法定主義に違反する。

(翻訳=ソウル大学名誉教授 徐元宇)(阿部泰隆が漢字の使い方などで若干 の修正をした)(注)

(注)  なお、韓国の憲法裁判については、徐元宇「韓国における」憲法裁判 と行政訴訟の関係」獨協法学50号(2000年)93頁以下。韓国憲法裁判 所編=翻訳者代表徐元宇『韓国憲法裁判所10年史』(信山社、2000年)。 韓国憲法の条文もこの書物に訳出されている。  


失職の処分性を認めた韓国ソウル行政法院の判例

韓国でも、任期制により失職させられた教員が争っている事件で、判例は分 かれているが、再任拒否の処分性を認めて、しかもそれを取り消した例が出て いる(ソウル行政法院2000年1月18日)(注)。その要点を、徐元宇ソ ウル大学名誉教授の提供により紹介する。なお、同教授は日本でも数年前北九 州大学、獨協大学で教授として勤務したことがあるほどで、日本法にも詳しい。

 「大学の自律性と学問の自由、教員地位法定主義に関する憲法規定とその精 神に照らし学問研究の主体である教授の身分は一定の範囲内で保障される必要 があり、このような身分保障の必要性は任期制で任用された教授であっても憲 法理念上別途に見るべきものではない。また、このような憲法理念の土台以外 にも、教育部長官が各大学に示達した大学教員人事管理指針を通じて期限付き で任用された教授の再任用審査方法、研究実績物の範囲と認定基準、審査委員 選定方法等を詳細に規定することにより再任用審査に対し一定の基準を提示し ており、大学も自らの規定によって再任用審査に関する一連の規定を設けてい る点、期限が満了した教授の大部分がこの人事管理指針と各大学内部の審査基 準に従って再任用されてきており(1976年から1998年までの23年間 に再任用を拒否された教授は、国公立大学の場合全国で60名、私立大学の場 合166名にすぎず、ソウル大学では原告が最初である)、このような現実の 制度運用の結果、教授など大学構成員だけではなく、社会一般人も教授の地位 が任期満了によって当然に喪失するものとは認識していない点などを総合して みれば、任命権者に、任用期間が満了した教授を当然に再任用しなければなら ない義務はないにしても、再任用いかんについて合理的基準による公正な審査 を行う義務はあり、これに対応して期限付きで任用された教授も、再任用いか んについて合理的な基準によった公正な審査を申請する条理上の権利を持つこ とになる(これと見解を異にし、任用期間が満了した教授にはいかなる権利も 認められないと解釈したり、任命権者の恣意によって再任用いかんを決定する ことができると解釈することは任期制の本来の立法趣旨から逸脱し憲法理念を 毀損させることを放置する結果を生ずる外はない)。

 したがって、任期が満了した教授の再任用申請を拒否する行政上の行為は拒 否処分としての性質を持つため、任用期間が満了したという任命権者の通知は 原告の再任用申請を拒否する趣旨が含まれていると見るのが相当である。」

これは若干の法制度の違いはあるが、私見とほぼ同様のことを説いていると 言えよう。

 もっとも、ソウル高等法院は2000年8月31日この再任用拒否を処分で はないとして訴えを却下した。

 これによれば、法令上任期を定めて任用することができると規定されている だけであって、法令のどこにも、任用権者に任用期間が満了した場合に再任用 すべき義務を課すことや再任用手続および要件等に関して何ら根拠規定がない ので、期間を定めて任用された大学教員の身分関係は任用期間の満了で当然に 終了し、期間を定めて任用された大学教員が任期の満了に伴う再任用期間の満 了に伴う再任用の期待権を持つものとは言えない。したがって、再任用しない という通知は、教員に任期満了で当然退職させることを知らせたにすぎず、行 政訴訟の対象になる処分とは言えない。

 たとえ、原告主張のように、教育部長官が各大学に示達した大学教員人事管 理指針を通じて期限付きで任用された教授の再任用審査方法、研究実績物の範 囲と認定基準、審査委員選定方法等を詳細に規定することにより再任用審査に 対し一連の規程をおいているとか、任期が満了した教授の大部分がこの人事管 理指針と各大学内部の審査基準に従って再任用されてきていることによって、 教授など大学構成員だけではなく、社会一般人も教授の地位が任期満了によっ て当然に喪失するものとは認識していないとしても、このような事情だけでは、 この事件の決定と通知を処分と見ることはできない。

これは京都地裁の決定を思い起こさせる。「このような事情だけでは、」と いうだけで、再任用について詳細な規程をおいても、それ以上の理由なしに処 分性を否定するのは理由不備だと思われる。それに、教授の再任用審査方法、 研究実績物の範囲と認定基準、審査委員選定方法等の詳細な定めは少なくとも 日本では前記の通り法令と考えるべきであるから、この高等法院の判例は日本 では妥当しない。むしろ、公正な審査の必要から、再任拒否の処分性を導いた 地裁判決の方が説得力を持つと思われる。目下、この事案は憲法裁判所に係属 しているとのことである。

(注)「"再任脱落も訴訟対象"、教授の勝訴相次ぐ。再任脱落教授の訴訟が増 加する模様。」詳しくは、 http://www.koreanavi.com/news/headline/20000119-5.html

韓国の行政訴訟法は、日本の行政事件訴訟法に似ている点が少なくない。そ れは行政庁の違法な処分そのほか公権力の行使又は不行使による国民の権利又 は利益の侵害を救済する。処分とは、行政庁の行う具体的事実に関する法執行 としての公権力の行使又はその拒否そのほかこれに準ずる行政作用をいう。行 政訴訟の種類は、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟、機関訴訟の4種で、抗告 訴訟は、行政庁の処分等又は不作為につき提起する訴訟である。そこで、その 処分に関する解釈論は、ほぼ同一の法文を対象とするものとして、直接に参考 にできるものである。

韓国の行政訴訟法(1984年法律3754号、1988年、1994年改 正)は『現行韓国六法』(ぎょうせい)D2509頁に掲載されている。さら に、この法律が制定されたばかりの時点における講演として、金道昶「韓国の 行政訴訟制度の現状と課題」自治研究63巻12号16頁(1987年)。